2018年5月21日月曜日

第7章 例えば、現代の日本でも起こっているかもしれないバベルの塔


第7章 例えば、現代の日本でも起こっているかもしれないバベルの塔

 バベルの塔のようなことは、ひょっとしたらそこいら中で起こっているのかもしれない。
 要は、支配者層が土民の力を抑えるようにするのである。

 今、おそらく、この世界の神々というか支配者のグループは英語を話す人が多いのではないかと思うのである。
 また、彼らはキリスト教を信奉している者が多いと思われる。 
キリスト教は言葉の威力、というものを非常に重く見ているようだ。

 新約聖書 ヨハネ伝福音書は「初めに 言葉(ロゴス)あり、言葉は神と共にあり、言葉は神なりき」という有名な文章で始まり、続けて、その言葉が肉体となりイエス・キリストになった、ということが書かれてある。

 言葉とは言うなれば、「魂」なのである。

 さて、日本人の英語力、語学力に関して悲観的な論調が多いがそうだろうか。
 江戸末期に、蘭学が盛んになり、薩摩藩、佐賀藩では、水力発電、反射炉などが作られた。これはあくまでも洋書を読んでこしらえたのである。向こうから技術者を招聘したわけではない。洋書を読むにも辞典も文法書も碌なものはなかった。それでも苦心惨憺して本を読み、反射炉等を作ったのである。
 このようなことができたのは世界で、日本人しかいないのである。この語学力は卓越したものと言えるのではないだろうか。
 その語学力を支えたのは、長いこと漢籍を読むことで養われたのである。

 世界の支配者層が日本人の語学力を弱体化しようと思ったらどのような策を用いるだろうか。
 先の章で、学校教育から英語を除く、というやり方もある。しかし、現在ではそれは不可能だ。あまりにも弊害があることが誰の目にも明らかだからである。
 ならばどうするか。

 現代、日本人の語学力の弱さが殊更言われた来た。読み書きはできるが、話す、聞く、会話ができない、と仰る。TOEICでもアジア諸国で最低水準とか。
 勢い、最近、話す、聞く、の英語会話がやたら重要視され、文法の軽視、蔑視が行われている。

 小学3年から英語を授業で行うことになったが、文法は教えずに、遊びのような英語教育をするという。文法はあえて教えない、と。冠詞も必要なければ、三単現のsも要らない、という勢いである。そのようなことを気にせずにとにかく英語で遊べ、というノリだそうだ。そう、英語にはノリが大事だと言うのである。
 
 あえて問う。これで英語ができるようになるのだろうか。
 出来るようには決してならないと断言する。
 英語の勉強とは、つまるところ、日本語と英語の置き換えである。故にその法則である英文法がもっとも要である。
 その要がない。これでは英語が出来るようにはならないう。
 
それを敢えてやらない、と強調するのは、神々による日本人の英語力破壊工作、バベルの塔かもしれない、と私は考えるがどうであろうか。

2018年5月6日日曜日

第6章 神々はどのようにして人々の言葉を乱したのか


第6章 神々はどのようにして人々の言葉を乱したのか

それなら、我々は下って、彼らの言葉を乱してやろう。彼らが互いに相手の言葉を理解できなくなるように」。主はそこから全ての地に人を散らされたので。彼らは街づくりを取りやめた。

 旧約聖書の記述で一番不可思議なのはここだろう。
 神はどのように人間の言葉を乱したのだろうか。きちんと話をして通じ合っていたものが、言葉がわからなくなることなんてあろうか、と思うであろう。

 まず、乱した言葉は共通語。当時の人は様々な地方、国からここバビロンの工事現場に来ていた。彼らは地元、故郷の母国語や土語の他に、その当時の世界の共通語であった古代ヘブライ語かシュメール語を使って他国の人たちと共同作業をしていたのであろう。「言葉を乱した」とはこの共通語を乱したのである。

 次にどのように乱したのか。
 不思議な光線銃が呪文を唱えたのであろうか。そして一瞬で言葉が乱れたのであろうか。
 いや、それは違うと思う。
 旧約聖書の記述は1-2行なので、瞬間的に言葉の乱れが起こったように感じてしまうのであろうが、それは違う。
 何しろ旧約聖書とは、天地が開けたビッグバンの時から、キリスト誕生の少し前までの実に長い年月の話なのだ。
 だから、言葉を乱すのに要した時間も相当長い、というか、五十年から百年、2百年くらいであろうと私は考える。

 どのような方法でやったのか。 
 工事現場で働いている人たちは、きっと共通語をマスターしているのでこれを忘れさせることは神といえどもできない。
 どうやったのか。きっと教育を乱したのであろう、と思う。
 たとえば、彼らの母国に行って、彼らの学校の教科から共通語を外す、とか。
 もちろん彼らの族長や政治家に働きかけて学校の教科から外したのではないか。
 教育には政治の力が非常に大きい。
 語学の習得が大変な負担なのは、古今東西を問わず変わらないであろう。
 例えば、今、学校で、もう英語を勉強しなくても良いよ。センター試験の教科からも外すし、高校、大学受験でもその科目はなくなるよ、と告げたら受験生は負担が減って大喜びであろう。

 それでも当初は、大人たちは「英語を勉強した方が良いぞ」と子供らに言うだろうし、大学入試でも全部廃止するわけにもいかずある程度残るであろうが、年々、衰微するであろう。

 このように「たられば」のことを考える必要もない。
 現に今の我々も知らないうちに経験しているではないか。
 
 漢文である。 
 伝統ある大学や高校の校歌や寮歌、応援歌などは、漢文調で重いものが多い。その多くを当時の学生が作っているのである。
 私は予々(かねがね)、どのようしたらこのような格調の高い文章を作れるのかな、と思っていた。
 答えは簡単であった。
 当時の学生は今よりもかなり漢文を勉強していたのである。
 当時は、というか戦前は今よりもはるかに漢文教育が盛んだったからである。
 主要教科の一つであったそうだ。数学、英語、国語、漢文 みたいな感じであった。
 しかし、今はそこから外れ、廃れたのである。

 当時の知識人は嗜みとして、漢詩くらい作ることができたそうだ。
 多くの大学生も漢詩を作ることが出来たであろう。
 夏目漱石も森鴎外も立派な漢詩をこしらえている。
 今では漢詩を作るのは趣味で漢詩をする人だけ。
 そもそも我々の多くは漢詩にはそもそも馴染みがない。
 つまり、明治から150年ほど、あるいは戦後70年間の教育のやり方でこれほど変わるものなのである。



森鴎外 1862-1922 陸軍軍医 小説家 

文豪 立派な漢詩をいくつも作っている。




 閑話休題
 前の章でも述べたが、当時の人間の寿命は今よりもずっと長かったようだ。300年くらいとも思われる。旧約聖書に書いてあるのだが、それが事実であるか、また、そのままマトモにとって良いかは分からない。
 しかし、人の寿命が今と同じ70年くらいであろうと、三百年であろうと、そのくらいの年月が経つと一世代置き換わる。

 かつてバベルの塔を作っていた頃、世界共通語は古代ヘブライ語かシュメール語であったようで、その教育を各部族とも一生懸命やっていたのではないか。そしてかなり高いレベルの、ひょっとしたら、神々、支配者階層よりも高いレベルの語学力を身につけ出したのではないだろうか。

 神々、支配者たちはそれを恐れ、その教育を乱した。各部族に働きかけ、共通語教育を無くしたか、骨抜きにした。その教育を受けた世代が70年か300年くらいして入れ替わると、語学力は低下し、バベルの塔を作る人々のコミュニケーションがスムースでなくなり、廃れてしまった、と考えると自然ではないだろうか。

 私の推論であるが、イラクのバビロン周辺には巨大な塔らしき遺跡がたくさんあるそうだ。人々はここに防災を兼ねた巨大な都市を築こうとしたのではないだろうか、あるいは、完成したのかもしれない。
 そこは支配者層を受け付けない「共和国」であったかもしれない。
 それに神は脅威を感じたのかもしれない。
 そこは強固でとても支配者層の武力での鎮圧は難しかったのだろう。
 故に、年月をかけて言葉と教育でダメにしたのではないか、と私は考えている。
 
 今まで述べたバベルの塔が崩壊した理由をまとめてみよう。
 ○神々とは、支配者のことであろう
 ○バベルの塔を一瞬で壊したのではなく、共通語教育を廃れさせることにより、1世代か2世代が交代するくらいの時間をかけてダメにしたのではないか。

 さて、バベルの塔の滅びた理由は以上である。
 このように読み解いたものを他に私は知らないし、この解釈は新規のもの、私独自のものと思っている。
 それで皆様方に是非お伝えしたかったのである

 平成30年5月6日(日)

 



 
 
  
 

2018年5月5日土曜日

第5章 当時の人間の寿命


第5章 当時の人間の寿命

 バベルの塔の時代の人々の寿命について考えてみた。
 旧約聖書には、実に仔細にはっきりとその時代の宗教的な重要人物の寿命がはっきりと書かれている(下の表)。



 ノアは950歳まで生きたそうである。

 しかし、この洪水の後、寿命は急速に縮まり、アブラハムは175歳で没したとある。

 バベルの塔の建設は、ノアとアブラハムの間であるから、人々の寿命は300 - 400年くらいであったのだろうか。

 何か、俄かには(にわかには)信じられない話であるが聖書にはきちんと書かれている。

 また、ノアの洪水の際に、天の水が落ちてきた、みたいな記述がある。
 大雨が降った、ということではないか、と取るのがまともであるが、それにしても、記述が大げさである。

 これに関して、ある人に言わせると、この当時は空に氷の壁があり、故に地球は今よりも温暖であり、かつ、その氷の壁のために、太陽から紫外線などの有害な光線がカットされ、人々の寿命が長かったのでは、と考える人もいるようである。
 その話を聞いた時に、ロマンを感じたが、なかなかイメージしにくい物であるな、と思った。

 しかし、現代、惑星探査機が太陽系の惑星についていろいろな情報を送ってくるようになった。

 地球よりも太陽から離れている火星は非常に気温が低くなようだ。カチカチに凍てついた世界のイメージがあるが、火星の地表の映像を見ると、何やら、ラスベガス近郊やアリゾナあたりの砂漠のような感じに思えた。

 さら木星、土星に至ってはもっと寒いのではずである。なるほど地表は非常に冷えていて、凍りついているが、その下は比較的暖かいみたいで液体が流れているとの報告もあった。

 さらに海王星あたりまで探査機は行っている。ここは太陽からはるか離れたところで絶対零度(摂氏 -273度)の世界のはずだが、広大な海があり液体があるという。不思議な話である。

 地球でみると、南極にボストーク湖というのがあるのをご存知であろうか。
 氷の下4kmに、温水がでているみたいで、ここに氷に閉ざされた湖があるという。温水が出ているのだから、その水は暖かいのであろう。しかし、その空間は氷の天蓋に覆われている。

 まあ、このような世界もあるということである。

 今回はちょっと余談。当時の人々の寿命について検討した。

 次章ではいよいよ、神々がどのようにして人々の言葉を乱したのかを語っていくことにしよう。



海王星
ボイジャー2号による撮影
1989年8月16日から17日)




2018年4月30日月曜日

バベルの塔はなぜ滅んだか 第4章 当時の歴史的背景


第4章 当時の歴史的背景



 旧約聖書ではノアの箱船の話は、創世記の6-9章に現れる。バベルの塔の話は、11章なので、人々の心にはまだ洪水の記憶が鮮明だったのではないだろうか。(もちろん、ノアの大洪水のようなことがあったかどうかは確認しようがないが)

 いろいろなことを考えなくてはいけない。というか、いくつか設定する必要があろう。

 まずノアの洪水が本当にあったのかどうか。
 すごく昔の話である。小生には断言できないが、私なりにこのような天変地異があったのではないかと思っている。
 また、ノアの以前とか、バベルの塔のころ、ひょっとしたら、人類はすごい高い文明を持っていたのかもしれない。その可能性もあるだろう。
 たとえば、今、大規模な核戦争が起こったら、人類のほとんどが死に絶える。しかし、少数の者が生き残ったら、自分らの築いた文明を語り継ぐだろう。しかし、きっとあまりにも散り散りの少数になってうので、今の文明を再現することはできないだろう。「スマホって楽しかったよなあ」とか思っても、かなりインフラや工場がしっかりしていないと、スマホも自動車も飛行機も作り出せないだろう。

 あと、ノアの洪水はなぜ起きたのだろう。
 聖書によれば、神々はノアの洪水の後、「人類を罰するためにこのような洪水を起こして人類を滅亡させたが、二度とこのような洪水を起こさない、と人間たちの前で誓ったという。

 現代に勝るとも劣らない高い文明があったとすると、全地球規模で津波を起こさせるような大量破壊兵器を神々、というか、当時の支配者が持っていたのかもしれない。

 あるいは、偶然に起こった、何万年に一度のような天変地異を支配者が「我々が引き起こした」と言って、土民たちを畏怖せしめたのかもしれない。
 まあ高い文明やすごい兵器を持っていたかどうかは、私には追求する手段を持っていないしここでは深く追求しなくても良いであろう。
 どちらにしても神々は、そのような恐ろしい話をして土民たちを従わせる・・・これも支配者の常套手段であろう。

 さて、彼らは一つの言葉を使っていたというが、それは何語であったのであろうか。
 おそらくそれは当時の状況を考えると、古代ヘブライ語、あるいはシュメール語であったと思われる。
 シュメール人は今の文明の祖を築いたもの。世界史の教科書でちょっとだけ触れられている。ヒッタイトとかヘス族とか呼ばれていて鉄を持っていたと1-2行書かれてあったのを覚えているだろうか。実際に謎の文明である。
 周辺や基礎になるものが何もなく、突然高度な文明がこの辺に出現したのである。この言葉を話していたのかもしれないと小生は考えている。


 バベルの塔を作るために人々はどこから集まったのか。
 バベルの塔は今のイラクのバクダッドの近くのバビロンの周辺にあったと思われている。実際、あの辺には大きな建物の廃墟がたくさんあるのである。 
 さて、どこからバビロンに集まったのであろうか。世界中というが、その当時の世界が地球全体なのか、アジアや南アメリカの果てからも集まったのか、あるいは、バビロン近傍なのかは分からない。とにかく遥か昔の神話時代の話であるから。

 しかし、人間というもの離れたところで暮らして、ある一定の時間、というか百年くらいもも経つとかなり違った言語を話すようになるものである。日本国内の方言をみてもよく分かるであろう。

 集まった人は、「母国語」というかそのようなものを持っていて、かつ、当時の共通語である古代ヘブライ語とかシュメール語を話していたのである。
 神々はその共通語を乱したのであろう。そう考えるとすっきりとするだろう。

 この章をまとめる。
 とにかく遥か遠い昔の神話時代の話。
 当時の文明のレベルがいかほどか、とも分からない。ひょっとしたら、今よりもはるかに高い文明を持っていたかもしれない。
 旧約聖書の話は、この世の誕生、ビッグバンから地球の創生をへて、そして紀元前3000年ころまでのお話。きっと人類も何度か勃興したり滅んだりしているのかもしれない。
 だからバビルの塔の建設のためにどこから人々が集まったのかも判然としない。アジア、南アメリカまで含めた世界全土か、イラクの周辺だけなのか。 しかし、きっと人々は、自分の母国語のほかに共通語を用いて、他の種族、民族とコミュニケーションをとっていたのであろうと推測する。
 そして、神々、というか、当時の支配者は、バベルの塔の建設を中断させるため、人々を散り散りにするために、その共通語を乱したのであろう。

 では次の章では当時のヒトの寿命について語ろう。



目次
序章  バベルの塔で何が起こったのか?  ・・・人間の言葉と神々の恐れること 

第1章 神とは?

第2章 神は何を恐れたのか?

第3章 神々が恐れたもの・・・それは言葉

第4章 当時の歴史的背景

第5章 当時の寿命

2018年4月28日土曜日

第3章 神々が恐れたもの・・・それは言葉


第3章 神々が恐れたもの・・・それは言葉

 神々は人間どもを恐れたわけであるが、具体的に人間たちのどのようなことに恐れたのであろうか。旧約聖書からその箇所を引用してみよう。

・・・主は、人の子らが作ろうとしていた街と塔とを見ようとしてお下りになり、そして仰せられた、「なるほど、彼らは一つの民で、同じ言葉を話している。この業は彼らの行いの始まりだが、おそらくこのこともやり遂げられないこともあるまい。それなら、我々は下って、彼らの言葉を乱してやろう。彼らが互いに相手の言葉を理解できなくなるように」・・・



ギュスターヴ・ドレ『言語の混乱』

ポール・ギュスターヴ・ドレPaul Gustave Doré, 1832年1月6日1883年1月23日)は、フランスイラストレーター画家版画家、挿絵画家、彫刻家)。 アルザス地方ストラスブールのニュエ・ブルー(青い雲)通りに生まれ、パリの聖ドミニク通りで没しペール・ラシェーズ墓地に埋葬された。
15歳の時から画家として活躍した。その後パリに移り、挿絵画家としてダンテバルザックフランソワ・ラブレーミルトンの挿絵を手がけた。



 神は、バベルの塔を築く大工事をする人間たちを恐れたようだ。それは人間たちの行いの始まりで、この後、どんどんいろいろなことを始めるのではないか、と思ったようだ。例えば、科学技術の進歩、そして、新兵器の開発、など。すると自分らの地位が脅かされるではないか。

 このような行いを辞めさせるために神々は何をしたのか。

 現代の多くの人は次のように理解していると思う。すなわち、神が人間どもが不遜にもバベルの塔を作るのにお怒りになり、得意の雷(いかづち)をブッ放してバベルの塔を破壊、そして人々は驚きの余り、自分たちの今までの言葉を忘れて四分五裂の散り散りになり、種族、民族によっていろいろな言葉を話すようになった、と。なんとも不思議な話だなあ、と。

 しかし、それは違う。

 旧約聖書では、彼らはバベルの塔をぶち壊してはいない。

・・・我々(神々)は下って、彼らの言葉を乱してやろう。彼らが互いに相手の言葉を理解できなくなるように・・・・

 神々は、あくまでも、人々の言葉だけを乱されたようだ。
 
 何も、バベルの塔を壊して多くの人々を殺戮したわけではない。

 神々は支配者なのである。彼らは人間たちの生産するものを搾取して生活しているのである。人間たちがいなくなったら生産する人がいなくなる、そうなると元も子もない。

 神々は、人間たちの言葉だけを乱されたようだ。そして工事を辞めさせた。

 神々は明らかに人間の言葉を恐れたようである。
 
 何故か

 言葉は力なのである。言葉こそ知恵の源泉なのである。
 言葉に優れたものが、より力を持つのである。
 言葉こそ人間の最大の武器なのである。
 考えてみるとまさしくそうであろう。

 神々はただただ大きなバベルの塔を恐れたのでもない。
 そこにある科学技術を恐れたのでもない。
 
 それらを生み出すものが言葉なのである。

 そしていつの間にか土民どもが自分らより上手に言葉を操り、自分らより知恵をつけ始め、自分らより力を持ち始めたことを恐れたのである。
 
そこで言葉を乱すことにしたのであろう。

 さて、神々はどのようにして言葉を乱したのか。それは、次々章で語ろう。

 次章では、当時の歴史的背景、また、彼らがどのような言葉を使っていたのかを私なりの解釈を加えて語るものとする。




タロットカード『塔』

タロットカードで最も悪い札とされる「XVI 塔」は、同じ「塔」という人工建造物、塔が破壊されるという扱い、塔から落ちる人間(人間の驕りに対する天罰という解釈)から、このバベルの塔がモチーフになっているといわれているが、創世記には主が塔を破壊するという記述はない


目次
序章  バベルの塔で何が起こったのか?  ・・・人間の言葉と神々の恐れること 

第1章 神とは?

第2章 神は何を恐れたのか?

第3章 神々が恐れたもの・・・それは言葉

第4章 当時の歴史的背景


第5章 当時の寿命

第6章 神々はどのようにして人々の言葉を乱したのか

2018年4月26日木曜日

第2章 神は何を恐れたのか?


第2章 神は何を恐れたのか?

 神々はバベルの塔を築く人間たちに対して恐れを抱いたようである。
 ところで神々ともあろう者がか弱き人間ごときに何を恐れたのであろうか。
 なんでもできる「全能の神々」と思うと全てが分からなくなる。しかし、第1章で述べたように、神々を人間どもの支配者、つまり同じ人間だ、とすると何を恐れたかがよく分かるのではないだろうか。

 つまり、自分らが支配する人間ども、土民たちが、自分らより賢くなることを恐れたのである。土民らが賢くなると自分らが彼らに逆に支配されてしまうかもしれない。神々をこれを恐れたのである。


ロゼッタストーン


目次
序章  バベルの塔で何が起こったのか?  ・・・人間の言葉と神々の恐れること 

第1章 神とは?

第2章 神は何を恐れたのか?

第3章 神々が恐れたもの・・・それは言葉

バベルの塔はなぜ滅びたのか 第1章 神とは?




 第1章 神とは?
 
 私は最近、この「神」「神々」とは何か、と言うことについて思い当たることがあったので、記してみたい。

 結論から言うと、「神」「神々」とは、その当時の「支配者」であったと思う。支配者であるから、もちろん人間であり、天の上に住んでいるわけでもなく、四次元、5次元空間に住んでいるわけではない。我々と同じ3次元空間に住んでいるのである。

 世界に神話は数々ある。旧約聖書もそうだし、日本における古事記、あるいは、ヨーロッパのギリシア神話など。いろいろな神が登場して活躍する。あるいは、途轍もなくバカをやり、他の神々のみならず地上の人間たちに大きな迷惑をかけることもある。
 まず、私はここでは、我々日本人にとって身近な古事記を例に出し、考えてみる。


世界を作る イザナギノミコトとイザナミノミコト




 古事記は日本創世の神話である。たくさんの神々が登場して、黄泉の国に行ったとか、太陽の神が洞窟に隠れてこの世がまっ暗になって皆、大変困った、など荒唐無稽な話しも多い。

 彼らは人間離れした能力を持つ神であるが、彼らの行動は支配者のそれであると考えて古事記を読むとあの話しはけっこう辻褄が合うように思う。
 草薙剣(くさなぎ の つるぎ)での野原を瞬間的に焼き払い、敵を一気に焼き討ちにしたとか、八つの首を持つおどろおどろしいヤマタノオロチを成敗したりしている。
 これは政ろわぬ者(まつろわぬ者)つまり自分たちの政治に従わないものを成敗した、ということであろう。


八岐大蛇


 今の熊本県の近くでは「土蜘蛛」という種族があり、これを殲滅した、と書かれている。「土蜘蛛」という種族、となると土の中に住む蜘蛛人間であるかのように禍々しい印象を与えるが、きっと人間である。その地域の部族を滅ぼした、ということなのだろう。古事記では、禍々しい姿をした怪物みたいなものを討ち取ったかのごとく書いてあるが、ただ、異民族を討った、と言うことなら、世界中でどこででも起こっていることであるので分かりやすい。

 旧約聖書、ギリシア神話にも多数見られる。例えばギリシア神話では、迷宮にいる髪の毛が蛇の恐ろしい姿をしたメンドゥーサーを倒した話、など。これも自分たちに従わない者を征伐した話であろうと思う。

 傑作なのは、支配者階層の神々はけっこう人間界の女性と仲良しになったりするのである。
 宮崎県を旅行したことがあるが、宮崎県は神々の故郷である。アマの磐船に乗って神武天皇ら一行が高千穂の峰(宮崎県)に降り立ったとされている。そしてまずは宮崎県を拠点に活動をしていたと思われるが、それ故、宮崎県内にはそのような神話時代の神社がたくさんある。そしてそこに神々と人間お娘が仲良しになったというゆかりの神社も多数見た。
 これも神々を支配者層と考えると、支配者がその領域の女性を娶る、というのは古今東西を問わずよくみられる話である。

 古事記の神々も出雲の国の制圧には手を焼いたようだ。
 古事記では、「国譲り」という形になっている。
 つまり出雲国の主であった大国主の命が自分の国を譲ったのである。そのあと、大国主の命は「根の国」に行ったそうだ。そのあと、出雲に大きな出雲大社という神殿を建てたという。
 おそらく、出雲国は手強かったのであろう。占領しても住民の頑強な抵抗が予想された。支配しても住民が言うことを聞かず自分たちのために働いてくれなければ、富を得られないのである。

 この話 簡単に言うと、やはり出雲国は戦いに敗れ、その大将であった大国主命は殺されたのであろう。しかし、そのままでは住民の抵抗が予想されたので、「国譲り」の話をでっち上げて、大国主は根の国に自発的に行ったこととして、そして、彼を讃えるために大きな神殿 出雲大社を作ったのであろう。


草薙の剣


 こう考えると大きなところでスッキリとするのではないかな。

 神話の神々は当時の支配者で、支配者の軍勢が、異民族や他の種族を平伏、あるいは殲滅して自分たちの領土を拡大してきた歴史。
 その話は、自分たちこそが正義であるような勧善懲悪物が主となるし、そうして、自分たちの圧倒的な力と、大いなる徳、慈悲を語るのである。時として、話を面白くするためにホラ話も混ぜる。草薙剣が火と風を起こし、敵の群を草薙剣を地面に立てるや否や敵が滅びた、とか、恐ろしい人喰い龍である八岐の大蛇の話とか。ギリシア神話の髪が蛇であり、見たらその瞬間、見た人が石になってしまうメンドゥーサーの話とか 等等。
 
 さて、本題のバベルの塔の話でも、神々とは当時の世界の、あるいはこの地域の支配者であったのであろう。
 彼らはバベルの塔を建造する人間たちに恐れを抱いたのである。

 神々ともあろう人たちが何を恐れたのか。それは第2章で語ろう。

出雲大社


目次
序章  バベルの塔で何が起こったのか?  ・・・人間の言葉と神々の恐れること 

第1章 神とは?

第2章 神は何を恐れたのか?

第3章 神々が恐れたもの・・・それは言葉

第4章 当時の歴史的背景


第5章 当時の寿命

第6章 神々はどのようにして人々の言葉を乱したのか

この人を獲ると国が捕れる 日本を捕れる

要人の弱みを握れ! 一国の宰相と言えども,金,女,身内のヘマ,等々,いろいろな弱みがある. その弱みを握る事が出来れば,容易に国を操る事ができる.    故に,国会や総理官邸などのセキュリティーは厳しく,なかなか隠しカメラやマイク等を設置できないであろう. さて...